テニスクラブのContrast 〜気分を変えて?!臨時コーチの対比。〜

「つまりはこうか、お前の生徒の面倒を一時(いっとき)見ろと。」
「やってくれるよなぁ?お前の腕を見込んで言ってんだ。」
「いいだろう。だが乾の代わりはどうするつもりだ。」
「俺が空いている。よければ引き受けるぞ。」
「決まりだな。せぇぜぇ2人とも頑張ってくれ、ククッ。」
「? 何がおかしい?」

「ってな訳でさー、俺休まなきゃなんないから誰か代わりにちゃんを
 見てほしーんだけど…」
「なら僕が見ようか?その日は空いてるし。」
「え、いいの?ラッキー☆」
「ちょっと待った!お1人では不安でしょうから、僕も行きますよ。」
「どうかな、君がいると足手まといだと思うけど?」
「なっ……!」
「じゃ、ヨロシクね〜♪」


さて、何だかんだと波乱に巻き込まれながらもさんと さんがプリンステニスクラブに入って 最初の一週間は過ぎていったのだが、 その後はこれと言ってどっちゅーことはなかった。 一週間も過ぎれば人間、かなり環境に適応できてしまうもんで、 さんは跡部氏に多少意見出来るようになったし、 さんは千石氏の扱いが多少うまくなってきた。 例えメインコーチに蹴られようがメインコーチが暴走しようが 慣れてしまえばそれも日常の一部で、言うなりゃ日々平和なのだ。 そゆ訳でクラブに入って大分経った今、2人のお嬢さんは まあ何とかそれなりにレッスンを受けてまあ彼女らなりに テニスも上達しつつある。 それがこのまま続いてくれればいいのだが、 生憎プリンステニスクラブというトコは そうもいかせてくれないらしい。 何の因果かは神のみぞ知る。 さんの場合』 さんがプリンステニスクラブにおいてはどうにもこうにも受難の時間を 過ごしてしまうのは最早周知のことであるが、 今回はそれまで以上の受難であった。 いつもの通り、さんは学校が終わってから 友人のさんと一緒にクラブにやってきて、 ウェアに着替えたその後は友との別れもそこそこに 慌ててコートに向かっていた。 急がないとさんとこのメインコーチが また訳のわからない言いがかりをつける恐れがあったからである。 少なくともレッスンが始まる2,3分前にコートについておけば 問題はなかった、いつもなら。 だがしかし、 「どうも、こんにち…。」 「たるんどる!!」 『うどわあああっ?!』 いつものようにコートの入り口を押し開けたさんは 予想だにしなかった怒声に思わず 頓狂な声を上げて尻餅をついてしまった。 「今は何時だと思っている!こういう時は1時間前に来るのが 基本であろうがっ!!」 しかも怒声は続くし。 (なっ、なっ…) 言うまでもなく少女の頭はパニックである。 (何がどーなっとんの?!) 訳がわからず混乱しまくる彼女がゆっくり頭を上げると、そこには とてつもなくおっかない顔をした見覚えのない御仁(黒キャップ着用)が こっちを見下ろしていた。 「お前がだな。」 「はい、そーですが…」 「いつまでそうしている。さっさと立たんか!」 またも一喝されて、さんは慌ててピョコンッと立ち上がる。 寿命メーターがいつもの3倍縮んだ(当社比)思いだ。 反面、『誰なん、この跡部のにーちゃんより老けた面の人は?!』などと “当人に面と向かって言ってはいけないことリスト”に 入りそうなことを至極自然に考えるあたり、ある意味根性であるが。 そういえば、いつもの俺様コーチと野菜汁兄さんはどうしたのだろうか。 そんなさんの頭の中の疑問に答えたのは、今目の前にいる おっかない御仁であった。 「俺は真田 弦一郎だ。今日は跡部と乾が欠席でな、俺とあそこにいる橘が  代わりにお前の指導をすることになった。」 それで事情はわかったのだが、だからって何で今まで会った中で 一番おっかない人(やっぱり当社比)が寄こされたのかについては 更なる疑問の余地がある。 …なんてことは、絶対口には出さないが。 「そうですか。では、よろしくお願いします。」 「うむ。それにしても、」 「はい?」 「どうにも気の抜けた娘だな…跡部はお前にてこずっていると聞くが、 どうも理解に苦しむ。」  カチン ちょっと待てや。 さんは思った。 理解に苦しむんはアンタの方やろ! いきなり言うにことかいて何やねん、そのてこずってるとかゆーんは!! 大体、あの跡部のにーちゃんが私ごときにてこずるような柄か! ただし、面と向かって叫ぶには相手があまりに悪すぎる。 そこへさっきまで真田氏から離れたトコでずっと黙ってたもう1人の青年 ―これまた結構お堅そうな―が口を開いた。 「真田、そう言ってやるな。慣れない相手じゃ誰でも調子が狂うだろう。  と言ったな、俺は橘 桔平だ。今日はよろしく頼む。」 「あ、こちらこそ。」 仇名は確実に『大仏様』だろうな、と思われる青年にさんは ちょっとホッとする。 どうやらこちらさんは見た目ほどカチコチなタイプではなさそうだ。 だが真田氏は更に言い募る。 「橘、生徒を甘やかすな。大体レッスン開始ギリギリの時刻に くるなど言語道断! 、まずは敷地内を20周だ!」 「!!??」 瞬間、少女の意識は昇天寸前になった。 (もしかして私……メチャメチャ運悪い?!) こうしてさんの最悪の受難は始まった。 さんの場合』 非常に妙な話だが、さんのトコもいつものメインコーチと サブコーチが不在だった。 で、その友同様、さんの場合も何故今日は いつもと違うコーチが来ているのか 疑問形ではあったが、コートに入った瞬間に さんが素っ頓狂な声を上げたのとは 正反対に彼女の反応は至極淡白だった。 「あ。」 これだけである。何てシンプル。 日本語って素晴らしい。 「久しぶりだね。」 しかも普通の人なら反応に困るそんなシンプルさに 相手もまるで動揺してないときている。 「確か体験講習の時以来だっけ?」 ま、つまりはこゆことである。 1人は体験講習の時にさんの担当をしてたコーチその人だったのだ。 「えーと…確か不二さん…?」 「へぇ、覚えててくれたんだ。嬉しいな。」 覚えてるも何も。 と、さんは思う。 体験講習に行った時、さんは友人と共にこちらさんが 大量の女の子に囲まれて騒がれてるのを目撃したことがあるのだ、 覚えてないハズがない。 つまりはそれがあまりの五月蝿さに彼女がイライラさせられた点で 印象的な景色だったということなのだが。 「今日は千石と鳳が急な休みになっちゃったから代わりに僕が君の指導を  することになったんだ。ヨロシクね。」 さんが自分も『よろしくお願いします』と挨拶すると 何を思ったのか不二氏はクスクスと笑い出した。 「千石からいつも君のこと聞いてるよ。彼、かなりご執心みたいだね。」 !! 途端にさんの顔が熱くなる。 あのコーチ、一体何喋ってんのよ! 「一番初めの頃から可愛い子が来たって言っててね、  コーチ室で他のみんなに突っ込まれてるんだ。  そういえば、君、大分千石を凹ませたって聞いてるんだけど?」 いらないことをペラペラと……もうっ!! さんは今度千石氏に会ったら絶対に文句の一つや二つや三つは 言わなければ、と思う。 それともやっぱりケリを入れるべきだろうか。 そんなことを考えていたさんはふと、不二氏の後ろにもう1名 誰かがいるのに気がついた。 何だか背景に薔薇の花が散乱してそうなすました雰囲気を 纏った人物である。 何で今まで気がつかなかったんだろうかと思ったが、 よくよく見ればどうやら不二氏が思い切り そっち方面の視界を塞いでいたらしい。 「あの、あっちの人は…」 「え、誰か居る?」 不二氏はひじょ〜にわざとらしいボケをかますが、すました青年の方は それに突っ込むこともせずさんの方に歩み寄ってくる。 「初めまして、さん。僕は観月はじめと言います。  今日はよろしくお願いします。」 「あ、どうも…」 訳のわからないままにさんはとりあえず挨拶を返す。 普通ならここで何も起こらず穏便に事は進むはずだ。 しかし、 「あれ、観月。まだ居たの?」  ピキッ 不二氏の発言で、周囲の空気が張り詰める。 途端、観月氏の端整な顔が引きつった。 「不二君、それはどういう意味ですか?」 「どうってそのままの意味だけど。」 2人のコーチが会話してる間に彼らから何やらドス黒い、 ショワショワした空気が発生する。 「あの…」 どーやらこの2人は仲が悪いようだがここで喧嘩なんぞを始められた日にゃ さんが困ってしまう。 有り難いことに、お兄さん方2人もすぐ気がついたようだ。 「ああ、ゴメンゴメン。それじゃ、始めようか。」 「では早速過去のデータから僕が組んだメニューを…」 「まずは準備体操からね。」 「えっ?!」 ちょっと待って。 違和感にしてはあからさま過ぎる状況にさすがのさんも動揺した。 せざるを得ない。 何せ本来協力しなければならない指導者が いきなり片方を無視してるんである、 これが動揺せずにおれようか、いや、おれまい。 しかし、不二氏はそんなことお構いなしにさんをコートの端まで 引っ張ってってさっさと準備体操を始める。 「ほら、さんも。」 「あ、ハァ…」 「ちょっと、不二君。」 「疎かにすると、後が大変だからね。」 「えと…」 不二氏は無視を決め込んでいる。 いいんだろうかと思いつつさんが傍らを見ると観月氏が こめかみに青筋を浮かべていた。 「あの、何で今日はうちのコーチが休みなんですか?」 「千石はね、急にのっぴきならない用事が出来たって。」 「不二君…」 「じゃあ鳳さんは?」 「あのですね…」 「鳳は風邪を引き込んじゃったらしいよ。  彼、気を遣うタチだから消耗しやすいんだろうね。」 「人の話を聞きなさい!」 あまりに徹底した無視にとーとー観月氏がキレて怒鳴った。 「うるさいなぁ。」 不二氏がうんざりといった感じで呟く。 「観月、ちょっと静かにしてくれないかい?」 「誰のせいだと思ってるんですかっ!!」 観月氏は叫ぶが、生憎そんな突っ込みは不二氏に通用しないようだ。 「さん、もうちょっと曲がらないかな?柔軟も大事だからね。」 「あの、」 さすがにどうよと思ったさんは不二氏にお伺いを立てる。 「いいんですか?」 「? 何が?」 ダメだ、こりゃ。 さんは思った。 今日一日、穏便に乗り切れるだろうか。 少女が疑問に思ったのは言うまでもない。 いつものコーチが休みかと思えば、代わりに来たのが いつも以上に厳しい人だったりお互い仲の悪い人達だったり、 人が変わりゃいーってもんではないらしい。 先が思いやられるけど、いつものパターンでやるっきゃない。
さんの場合』 人生最大の難を受けてるさんは、真田氏に言われたとおり 丁度プリンステニスクラブの敷地内を 20周してきたとこだった。 しかし普通に考えなくてもわかることだが、 これは今まで鍛えたことのなかった少女には 凄まじく酷なものである。 「ゼハァ、ゼハァ。」 故にさんは酸欠状態だった。口が金魚よろしくパクパクしている。 「全く、情けない。この程度で息を切らすなどたるんどる!  一体、跡部はこれまでどういう指導をしてきたのだ。」 指導もへったくれも、さんの記憶が正しければ これまでのところ跡部氏は彼女を苛めたり 彼女で遊んだりしかしていない。 「いや、そう捨てたものじゃないぞ。お前相手には  初めてなのによくついてきている。」 フォローを入れてくれるのはご存知橘氏であるが、 真田氏は全然それを認める気がない。 「当然だ、この程度にもついてこれんようでは話にならん。」 一瞬、さんは案外この人と跡部氏は 似たよーな人種ではなかろうかと、思った。 何せ、跡部氏にしろこの真田氏にしろ、 人を褒める気がまるっきりなさそーなのだ。 当人らに知られたら確実に彼女の命の保証はないが。 「何だ、。その目は。」 「いっ?!」 いきなし言われてさんはビビった。 「言いたいことがあるならハッキリと言え。  いや、そもそも指導を受けている身の上で  そのような反抗的な目をしておるとは許しがたい!  その性根を叩きなおしてやる。  ほらっ、さっさと立たんか!」  うぎゃ───────っ!! さんの脳内に巨大かつ虚しい叫びが木霊する。 しかも彼女は、普段担当のメインコーチにされてるように 真田氏に首根っこを引っ掴まれてしまった。 が、さっきとんでもない距離を走らされたせいでさんは 息もたえだえ、そこへ首根っこを引っ掴まれるとなると苦しい訳であって 思わずその口からは『グェェェェェ。』という唸りが漏れる。 それを聞いた真田氏は深い深いため息をついた。 「つくづく嘆かわしい。」 「やっ…ムググッ?!」 「何だ、まだ言いたいことがあるのか。ん、橘、どうした?」 「いや、何でもない。」 上記の会話だけでは何が何だか訳がわからないが、事の次第はこうである。 さんは思わずいつもの癖で『やっかましー!』と言いかけた、 それを橘氏が慌てて口を塞いで阻止した、とこういうことだ。 つまり今さんは真田氏に首根っこを掴まれてぶらさがったまま 口は橘氏の手で塞がれてるとゆー状態なのだが、間違ってもその光景を 想像しない方がよろしい。 ………普通に考えなくてもかなり怪しいから。 「…口に気をつけろ、。」 橘氏がさんにこっそり耳打ちする。 「真田の厳しさは相当だ、迂闊なことを言うと  跡部以上に厄介なことになるぞ。」 さんの体から血の気が引いた。 あの俺様コーチよりも厄介って、一体どないやねん! 顔色一つ変えずに同僚をこんな風に言う橘氏もどうかと思われるが そこは敢えて突っ込まない。 一方の真田氏は、片手に少女をぶらさげたまま要領を得ない顔をしていた。 「何をゴチャゴチャ言っている、早く次に行くぞ。  ところで、いつまで俺にぶらさがっておるつもりだ。」 「いや、あの…」 「どう見てもお前がぶら下げていると思うが。」 「コホン、そうとも言うな。」 黒キャップの時代がかった青年は咳払いをしてごまかすという暴挙に出た。 強面の見た目によらず案外ボケキャラなのかもしれない。 ともあれそんな微妙にボケキャラな人にぶら下げられていた さんはやっと解放された。 「ふぅ。」 「休んでいる暇はないぞ、。早く向こうのコートに立て。」 「……………はい???」 今何とおっしゃいました、私、まだへばってるんですけど??? つーか、おにーさん、暑さでやられてはるんちゃいます? 「さっさと行かんか、馬鹿者!」 1.8メートル上空(つまり真田氏の身長)から雷を落とされて、 さんはいきなし針で突っつかれたみたいにコートへとすっ飛んだ……。 『さんの場合』 代理のコーチがよりによってメチャメチャ仲が 悪いらしいことを知ってしまった さんは目が完全にギャグ漫画並みの横線になっていた。 何せ事ある毎に不二氏が同僚に対して爆弾発言、 もしくは無視という手段を取るのでやられた観月氏が ヒステリックに喚いて迷惑なことこの上ない。 まだ幸いだったのはこの2人は一応さんの思うところにも 気づいてるらしくとりあえずはレッスンに励むことにしたことである。 突っ込みどころはともかくコーチとしての不二氏はさすが、と言うべきだ。 レッスン中すぐに横道にそれて平気でベタベタしてくる困ったちゃんを メインコーチに持つさんにとって サブコーチ以外ではこれほどまともに落ち着いたレッスンを 受けたことはない。 「フォームは大方出来てるね、でもやっぱり膝が伸びがちみたい。  もうちょっと努力出来ないかな。」 「やってみます。」 「後、肘も油断するとすぐ曲がっちゃってるから意識してね。」 「はい。」 ……これで不二氏が同僚を無視するという行為を ほどほどにしといてくれれば言うことなしなのだが。 観月氏はさっきから散々無視されたり滅茶苦茶を言われて頭にきてるのか、 ウェイヴのかかった髪をグリグリと指で弄りまくっている。 あれでいーのか、と勿論さんは思うのだが 事情のわかんない小娘が口を挟んだとこで どうしょうもない。 今のところは、穏やかに事が運んでるし。 そんな時である。 「このたわけものがーっ!!」 どこからか地面が揺れるんじゃないかと思われる すんごい怒鳴り声が上がった。かと思えば続いて何だか質の悪い麻布 (アサヌノであってアザブではない)を ひっちゃぶいたよーな悲鳴が上がる。 さんは目をまた横線にして眉間に皺を寄せた。 観月氏は何事かと腰を引かせた。 不二氏は何が面白いのかニコニコを強くした。 「な、何ですか、今のは?」 「誰かが怒ってるみたいだね。」 「今の声から察するに、真田君ですか。あんな大きな声を出して、  まったくこれだからエレガントに欠ける人は…」 「君の口から“エレガント”なんて単語が出てくる方が  ぞっとしないけどね。  あれ、さん、どうしたの?」 コーチ達が言葉を交わしてる間、麻布を引きちぎったみたいな叫びに 心当たりがありすぎるさんは頭を抱えていた。 「いえ、別に。」 言葉はやっぱし淡白だが内心はその限りではない。 あの馬鹿、また何かしでかしたな。 何でいつもいつもトラブルを起こすのよ! 「真田か…でも彼、今日仕事入ってたっけ?」 「確か跡部君と乾君が休みで代わりに彼と橘君がレッスンを引き受けたと  聞いてますが。」 「観月に聞くつもりはなかったんだけど、へぇ、そっか。」 「…貴方はどこまで僕に喧嘩を売れば気が済むんですか。」 しかし、当然不二氏は観月氏の言うことなぞ聞いちゃいない。 話はすぐに頭を抱えてる少女に向けられる。 「てことは、さっきの叫び声はあの関西弁の…  確かさんの友達だったよね。」 不二氏に聞かれてもさんは考えただけでも頭が痛かったもんだから 返事どころではない。 何せとりあえず自分だけはおおむね落ち着いて時間を過ごせると思ったら 親友のせいでそれがあっけなく崩れた。 これが頭を痛めずにおられようかと聞かれれば、まぁ、まず無理だろう。 一方の不二氏はさんの様子に気づいているのかいないのか、 どこまでもニコニコである。 「何だか面白そうだなー、ねぇ、皆で見物に行こっか。」 ちょっと待ってよ。 さんは内心突っ込んでみる。 何でがトラブってる現場を見に行かなきゃなんないわけ? 大体、今レッスン中じゃん! 「け、見物って何考えてんですか、不二君。今はレッスン中ですよ!」 案の定、不二氏の同僚も声を上げる。 不二氏はえー?と首を傾げるがえ〜も何もない。 「じゃ、観月はほっといてさん一緒に行こうか。」 「……何でそーなるんですか?」 さんにも横線目できっぱりはっきり言われたので 不二氏はさっさと真面目に仕事に戻った。 「冗談だったんだけどね…」 ポツリと呟く不二氏にさんは絶対に嘘だ、と思った。 体験講習の時には気がつかなかったが、不二周助という人物は 案外突っ込み所が多いようだ。 しかも観月氏がきっちりさんと同じことを、 こちらは口で直接指摘したもんだから 不二氏はとーとー目を見開いて反撃に出てコート内は またもショワショワしてどす黒い 体によくなさそーな雰囲気で満たされてしまう。 さんは今日の自分は親友並みに運が悪いかもと思い、 クラブに来る度に面倒ごとに巻き込まれているさんに 一瞬だけ同情した。
そして、話はいつもどおり休み時間に移る。が、今回はいつもと様子が違う。 いつもならさんとさんが2人でベンチに座って ジュースなんぞを飲みつつ お互いの状況を報告してするのが常の休み時間、 今日に限ってはさんだけがベンチに座って 静かに炭酸飲料を口にしていた。 「おかしいなぁ、何で来ないんだろ。」 辺りを見回しながら少女は呟いた。 あいつが何の知らせもなしに人をほっとく訳ないし、 またトラブルでゴタゴタしてるのかな。 さんはさっきのレッスン中に聞こえてきた怒声と悲鳴を思い出す。 そんでしばらく炭酸飲料の缶を傍らにおいて考え込むが、ほどなく ま、いっか。 至極あっさりとした結論に至った。 どうせ私には関係ないし。 そういう訳でさんはジュースを飲みながら声のでかい親友が居ない分 ベンチにもたれてのんびりと時間を過ごすことにした。 まさかベンチ相手に一人でお話する訳にもいかなかったので。 「やあ、こんなトコにいたんだ。」 ふいに声がしたのでさんはおや、と思う。 見ればさっきまで自分の指導をしていた不二氏が近寄ってきていた。 「ここ、いいかな?」 「…どうぞ。」 さんが言えば、不二氏はいつもならさんが座ってる所に陣取る。 「珍しいね、1人で居るなんて。」 「は何かまだ来てないみたいで。」 「多分、今日は来られないんじゃないかな。」 爽やかな笑顔でさらっと言う不二氏にさんは怪訝な顔を向けた。 「相手が真田だからね、休み時間抜きだと思うよ。」 「そんなに厳しいんですか、その人。」 「うん、僕らが中学の頃からあの堅物ぶりは有名だったから。  君の友達も気の毒だね。」 ここで不二氏はクスクスと笑うが、さんはさすがに笑えない。 彼女の友は大丈夫だろうか。 多分さんは後で散々友の愚痴につき合わされるに違いない。 考えただけで頭が痛む。 「何でいつもあーなるかな、あいつは。」 「いいんじゃない、別に。あ、そうだコレ飲んでみる?おいしいよ。」 「じゃあ、頂きます。」 さんが不二氏と和やかに会話してる一方で さんは俺様コーチの代理で来た カタブツ青年にメチャメチャにしごかれていた。 「ヒィ、ハァ、無理、死ぬーっ!」 「無駄口を叩くな、集中しろ。大体その物言いは何だ、  いい歳をした娘を言葉遣いから直してやらねばならんのか。」 そんなこと言われたって死ぬモンは死ぬのである。 何しろ基礎がまるでなってない、と今日はずっと鍛錬しっぱなし、 休んだ覚えがほとんどない。息はゼェハェで頭はクラクラするし、 正直こんなんなら跡部コーチの方がずっとマシだと さんは思う。 「真田、休み時間くらい設けてもいいと思うが?」 そんな少女を見るに見かねたのか橘氏が進言するが真田氏は耳を貸さない。 「笑止、これぐらいではまだぬるいくらいだ。  そもそも休み時間を期待するという方が問題であろうが。」 言われるが早いかすっ飛んでくるボールを打ち返しながら さんは一瞬、このにーちゃんの頭は 超合金で出来てんのかと思った。 きっとさっきさんが転がってたボールに足を取られて 派手にバランスを崩した挙句したたかに真田氏の足を 踏んづけてしまったことを根に持ってるに違いない。 さんがそれをやらかしてしまった瞬間、 『このたわけものがーっ!』と思い切り耳元で怒鳴ってたし。 そりゃ少女の全体重を片足に集中されたんじゃ いくら頑強そうな真田氏でもたまらんだろう とは思うがいくら何でもこれはあんまりである。 「……殺す気かい。」 さんは思わずボショッと呟いたがこれがいけなかった。 「修行中の身の上でその言い草は何事だ、敷地内10周追加!」 少女の言葉をきっちり耳で捕らえた真田氏は死刑宣告を申し渡す。 「だから、口には気をつけろと…」 手で顔を覆って橘氏がため息をついた瞬間、さんはぶっ倒れた。 ってな訳で臨時コーチの今日の日は休み時間まで対比だったりする。 この後、ぶっ倒れたさんはある意味しばしの休息を得たがやっぱり 『たるんどる!』とのことで真田氏にこれでもかこれでもかと お説教を食らった。 さんは不二氏とのんびりと休憩時間を満喫した後、 彼と一緒にコートに戻ったがどこまでも相方(?)に ないがしろにされた観月氏が一人暗くノートを開いてブツブツ言ってる 現場を目撃して目がまた横線になった。 その後、帰り道での少女2人の会話は以下の通りである。 「ああ、頭クラクラするー。くそぉ、何やねんあの兄ちゃんは。  戦国武将かなんかか!」 「アンタの不運はどうでもいいけどよかったのかな、  不二コーチ、あの後もずっと観月さん無視してたけど…」 「、どないしょう、目の前に鎌持った死神が見える。」 「幻覚見るなら私のいないとこにして。」 …コーチが変わろうが変わるまいが、何かしら起こるのは宿命かもしれない。 (おまけ、後日のコーチ室) 「跡部っ、お前の所のあの娘は一体何なのだ。  気合が足らん上に未熟者の分際で時々反抗的な態度を  取りおってまったくもってけしからん!  しかもどうやったらああもそそっかしくなれるのだ!」 「ハン、に足踏まれたぐらいでゴチャゴチャ言ってんじゃねぇよ。  んな程度で文句言っててあのガキの面倒が見れるかってんだ。  とりあえずお前も俺様の苦労がわかったし、いい勉強になったろうが。」 「跡部、貴様まさかが必ず人を災難に巻き込むのを知ってて俺に…」 「ふっじくーん、昨日はサンキュッ!どうだった、うちのちゃん?」 「うん、なかなかいい子だね。もっぺん担当したいくらいだよ。  ねぇ、千石、担当替わってくれない?」 「えーっ?!ダメダメダメ、それは絶対ダメ!」 「いいじゃない、僕あの子気に入ったんだ。」 「ダメったらダメ、ちゃんは俺のなんだから!……あ。」 「クスクス。」
To be continued.
作者の後書き(戯言とも言う)

久々更新、皆様お待たせしました。
とうとう月刊連載ですらなくなってしまったな…。

今回もまた友人と話してるうちに出てきたネタを使ってます。
主人公達の代理コーチは、ネタにしやすそうな人という基準で選んだら
ああいうことになってしまいました。
メインコーチ2人とサブコーチ2人という組み合わせに突っ込んではいけません。
いや、突っ込まないでください、お願いですから。

ちなみにネタは早くから決まってたのに何で更新までに変に時間が
かかったのかは自分でもわかりません。
次回もネタは決まってるけど、出来るのはいつになるやら。(こら!)

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